ゲーム/ プレイヤーはふたりきり「ファントムスレッド」
~作品の結末に少し触れてます~
渋谷のBunkamuraで上映される様な、ゴージャスな文藝映画を観たいという願望が数ヶ月前からあって、なかなか果たせずにいたけど、ポール・トーマス・アンダーソンの新作「ファントムスレッド」で欲を満たしてしまった。
とにかく、ゴージャスなおドレスと、うっとりするような劇伴と、イギリスの生活文化をのぞき見できる愉しさと、ヒッチコックオマージュの毒とサスペンス……私がその手の映画に求めるものが詰まってて、天下のポール・トーマス・アンダーソン印だから質も折り紙つき。いや、贅沢な2時間でございました。
物語は、ヒッチコックの「めまい」や、オードリー・ヘプバーンの「マイフェアレディ」のような、「原石女子を俺好みに磨き上げ」もの。
ロンドンの一流メゾンを率いるダニエル・デイ・ルイスは、独身主義者で完璧主義者。少し太ってきた現恋人に見切りをつけた彼が、次に目をかけたのは、労働者階級で恐らく移民の女性。どこか粗忽でスタイルも良くない彼女を磨きあげて、一流のモデルに仕立てあげるのだ。彼の住む世界の輝きに魅せられたヒロインは、エレガントなモデルに変貌。しかし、気まぐれに自分を求める彼を待つだけの生活、徹底的な客体に仕立てあげられる苦痛が、彼女を蝕んでゆき……
しかし、この映画が撮られたのはヒッチコックの時代ではなく、#metoo 運動の嵐が吹き荒れるハリウッドだし、監督はイギリス人ではなくカリフォルニア育ちのポール・トーマス・アンダーソンなので、物語は美しい悲劇にも、真の愛に目覚めた2人のハッピーエンドにも着地しません。
ダニエル・デイ・ルイスとヒロインの関係は、終盤に大逆転する訳です。女を客体としか見る事が出来ず、その内面をノイズとしか考えない主人公は、最後に手痛いしっぺ返しを喰らうことに。
一部の映画評は、この大逆転を「痛快」としていましたが、私はそうは思えませんでした。
だって、主人公が女性の事を「空っぽな人形」としてしか扱えないのと同じく、ヒロインもまた、男性の事を「可愛いお人形」としてしか扱えない人なんですもの。
つまり、この2人は同じカードの裏と表であり、同じルールのゲームを生きているプレイヤーなのです。
身も蓋もない言い方をしてしまうと、同じ嗜好の変態さん。ただし、誰かを自分好みに磨き上げたい願望や、無力な相手をひたすらよしよししたい願望は、誰にでもあるでしょうから、ぎりぎり理解の範囲にいる変態さんではあります。
最後の大逆転シーン、仔犬のような瞳でヒロインにすがるダニエル・デイ・ルイスをみた私が思ったのは、「いやもう、2人で好きな様にすればいいがな」という一言でした。
それにしても、無力な赤ちゃんさながらの状態になって、ヒロインの膝で眠るデイ・ルイスの幸福そうな顔!徹底的な客体に成り下がるというのは、安らぎに満ちた世界へのドアを開けることでもあるのかもしれません。
まあ、私はゴメンですけどね。
【本日の5冊】
- 作者: ボワロー=ナルスジャック,Boileau‐Narcejac,太田浩一
- 出版社/メーカー: パロル舎
- 発売日: 2000/09
- メディア: 単行本
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