しみじみ旨い文章のご馳走 池内紀「あだ名の人生」

    このところ読書スランプで、あまり本を読めていなかったのは、以前のエントリーで書いた通り。

   オマケにとある故人のゴシップを掘ることにはまってしまい、我ながら悪趣味だと思いながらも2ちゃんねる(いまは、5ちゃんねるなんでしたっけ?)だの、週刊文春のWeb版だのを回遊してました。

    楽しいんだけど、確実に人間としての格を落とす行為です……でも、止められない私は、所詮2ちゃんねる世代……

 

    そんななか、電車の中でだけちびちび読んでいたのが、ドイツ文学者池内紀さんの「あだ名の人生」という伝記集。

    池内さんの伝記ものは、簡潔な中に対象に対する思いやりが感じられて、読んでいて心地よい。

    また、言葉を尽くし過ぎないが故の、余韻というか滋味があって、じんわりとしみてきます。

    東郷青児に関する章など、ゴシップ的な興味も満たしてくれる文章でありながら、読後感は静か。

 

    私もこういう文章をかける人間になりたいものですが、たぶんそれには相応の蓄積と人生経験が必要。

    青年から老年にメタモルフォーゼできる人間など存在せず、枯淡の境地とか、可愛いおばあちゃんという地点に到達するには、中年という長い坂をダラダラ登りきる必要があるのです。

     私など中年坂の入り口で躊躇ってる段階なので、2ちゃんねるはそこそこにして、もう少し研鑽を積まねばなりませんね。

 

【本日の5冊】

 

 

空へ―エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか

空へ―エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか

 

 

ドキュメント 単独行遭難 (ヤマケイ文庫)

ドキュメント 単独行遭難 (ヤマケイ文庫)

 

 

 

 

あだ名の人生

あだ名の人生

 

 

 

モーツァルトの息子   史実に埋もれた愛すべき人たち (知恵の森文庫)

モーツァルトの息子 史実に埋もれた愛すべき人たち (知恵の森文庫)

 

 

 

おじさん・おばさん論

おじさん・おばさん論

 

 

 

 

    

   

貧困は必ずしも善人の顔はしていない 是枝裕和と成瀬巳喜男

   ひとり暮らしでカツカツの生活をしていた頃、深夜に再放送されているドキュメンタリー番組を観て、とてつもなくやりきれない気持ちになった。

    「しかし…」というそのドキュメンタリーを私は後半しか観ていないので、詳しい経緯はわからないが、水商売の世界で生きてきた女性が病を得て生活保護を受給しようとするが、水際作戦にあって辞退を強いられ、追い詰められた末に焼身自殺をえらぶ。

    私がそのドキュメンタリーを観た時期は、まだ日本に貧困は「ない」と言い切れる人間が多数派な時期で、貧困なのも職にありつけないのも、「自己責任」という風潮。でも、画面の中の女性が歩んだ人生は、明らかに「自己責任」では片付けられないものだった。

    人は、こんなにも簡単に貧困に陥るのか、国家はこんなにも簡単に貧者を切り捨てるのか……やりきれない気持ちを、なかなか言語化できず、深夜の六畳一間で悶絶したのを覚えている。

 

    なぜ、そのドキュメンタリーが再放送されていたかと言うと、後に劇映画に転じた監督、是枝裕和の作品が、カンヌ国際映画祭で高評価を受け、主演の少年が男優賞を受賞したから。

    すごいのは、「しかし…」が撮られたのが、バブルまっただ中の1991年だってこと。日本中が浮かれていたであろう時代に、見えなくされていた貧困を抉り出す是枝は、ものすごい眼力の持ち主だと思う。

 

   そんな、是枝裕和万引き家族」という映画が、カンヌ国際映画祭パルム・ドールを獲得!したのに、「日本の恥を世界に晒すのか!」「万引きという犯罪を犯す貧者など、描くべきじゃない」と、一部で非難轟々だとか。

   そうか、その「一部」の人にとって、貧困てのは、未だに見えなくするべき日本の恥なのか……と思うと、ため息しか出ない。

    万引きは確かに軽視すべきではない犯罪だけど、高齢や障碍を負った受刑者の大半が窃盗(恐らくかなりの割合万引き)で服役している事から分かる通り、社会の貧困をダイレクトに映し出す犯罪でもある。

    貧困だからって、みんなが犯罪に走るわけではないというのは事実だけど、社会から切り捨てられ、見えなくされた状態で、一定数犯罪に走る人間が出てきたとしても、果たして本人の心がけだけの問題と言えるのかどうか?

 

    貧者は必ずしも善人の顔はしていない、でも、私たちのイメージ通りの「美しい貧困」から外れた存在だからって、簡単に切り捨てて見えないふりをするのは、多少なりとも「持っている」側の人間としては、あってはならない態度なのでは無いだろうか?

 

    そんな事をぐるぐる考えながら入った名画座で、成瀬巳喜男の「はたらく一家」を観て、さすがヤルセナキオこと成瀬、むちゃくちゃ考え込んでやるせない気持ちになってしまった。

 

    まさしく、「善良な貧者」の話で、7人も子供のいる家庭の長男が、少しでもいい職につくため学業を続けたいと望むも……という物語。

    家族の内にも外にも、憎むべき悪役は一人もおらず、みな懸命に働き家族を支え、しかし、自分の人生を生きるにはあまりにも貧しい。

   戦前の映画だから仕方ないんだけど、貧困がまるで自然災害の様に描かれていて、ちょっと引っ掛かりを感じてしまう。「貧困」を描こうとすると観念的になってしまう黒澤明にくらべると、地べたの人達の実感がしみじみと活写されていて、ホント心が暖かくなるけど、心が暖まっておしまいにしちゃって良いのか、躊躇ってしまうな。

 

    そんななか、息子の将来を決める選択にもあまり関心をもたず(持てる余裕などなく)、ひたすら今日明日の米の心配をしている母親と、一家の貧困に心を痛めつつも何も出来ないインテリ男のキャラクターがリアル。

   成瀬巳喜男って、決して美しい日本だけを描いてきた人じゃないし、結構「黒い」作家だと思うんだけど、この2人の造形には黒成瀬が覗いてますな。

 

   たまたま是枝裕和について考えながら観ていたからこんな感想だけど、映画自体の魅力はこんな野暮な感想を突き抜けるものがあると思います。

    兄弟の1人が植字工(私の大先輩!)なんだけど、その仕事風景が活写されてて、歴史的にも貴重な作品だと思いました。

    その他にも、甘酒と汁古とコーヒの店とか、戦争ごっことか、母親がしてる袋貼りの内職とか、全てが愛おしい!登場人物達が喋る東京弁?もきれい(除︰チョイ役で出てくる藤田進)で、真似したくなります。

 

【本日の5冊】

 

戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)

戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)

 

 

 

 

 

貧困の現場から社会を変える (POSSE叢書)

貧困の現場から社会を変える (POSSE叢書)

 

 

 

 

話術 (新潮文庫)

話術 (新潮文庫)

 

 

 

 

成瀬巳喜男 映画の面影 (新潮選書)

成瀬巳喜男 映画の面影 (新潮選書)

 

 

    

 

ブックカフェは不健全なのか?

遊郭部 (@yuukakubu)さんが8:31 午前 on 水, 5月 16, 2018にツイートしました。
清算の本を自由に手に取って読めるブックカフェというものは、本は集客アイテムに過ぎず、カフェで採算を取っている。委託制を利用して売れなくても書店側には痛手はない。仮に本が痛んでも返品できる。版元や著者には利益は還元されない。こうした仕組みは健全とは思えず、俺は嫌いだよ。

@yuukakubuさんのツイート: https://twitter.com/yuukakubu/status/996533500902756352?s=09

 

    Twitterでこの様なツイートをみかけました。

(ツイートの埋め込みがうまく行かず、コピペしてます)

     Twitter上にはこのツイートに共感する方が多いらしく、いいね、リツイートともに3000を超えています。

    なるほどー、当節のブックカフェ流行、とりわけ精算前の書籍を読めるブックカフェに対しては、モヤモヤされてる方が多いんだなあと、興味深い反面、ツイート主さんは書籍の販売やブックカフェの実情について、少し誤解されていると感じました。

    私は、ブックカフェの専門家ではないですし、内情に詳しいわけでもないのですが、私の知識の及ぶ範囲でこの誤解について、解説しようと思います。

 

傷んだ本は簡単に返品出来るのか?

    まず、元のツイートにある「委託制」の説明が必要かと思いますが……

    ひらたく言ってしまえば、書店が一度仕入れた本を出版社に返品出来るという制度のことです。

    書店が書籍を仕入れる時、もちろん出版社に代金を払うわけですが、何らかの理由で売れ残った書籍に関しては、返品するとお金が戻ってきます。

    ホントはもっと複雑な制度で、イレギュラーな適用もむちゃくちゃ多いんですが、今回の議論に関係あるのは、書籍は基本的に返品できる、という一点かと。

 

    で、カフェなどで傷んでしまった書籍を返品出来るかというと、うーん、返品出来る時もあるし、出来ない時もあるかと。

    書籍の返品可否と言うのは、必ず返せるとか返せないとか決まっているものではないんですね。

    どの出版社の書籍なのか?(例えば、岩波書店の本はよっぽど何かないと返品不可)どういった経緯で仕入れたのか?出版社関係者と書店側の信頼関係、あと、汚損の度合いなどで返品の可否は変わってきます。

 

    ただ、汚損の原因が明白に書店側にある場合は、返品不可能な場合が多いです。

    汚損と並べるのはどうかと思いますが、書店側が著書を招いてサインしてもらった場合、そのサイン本は返品不可。書店側で責任を持って売り切る必要があります。大先生にサインしてもらったはいいが、サイン本が全然動かなくて冷や汗、なんてのは良くあるお話。

 

    個人的にはカフェでの汚損は店側の責任なので、返品は難しくなると考えています。

     少なくとも、最初からじゃんじゃん返品するつもりで仕入れているブックカフェは無いのでは?出版社との信頼関係が損なわれて、「あの店の返品は受けない」ってなったらその場でアウトですから。

 

 

そもそも、カフェで書籍を扱うとそんなに傷むのか?

    カフェ併設の本屋さんをやられている方に聞いた話だと、思っていた以上に汚損は少なかったそうです。多くても、月に一冊程度だったはず(具体的な数字を出せなくてすみません)

 

    それを聞いて思ったのは、流通過程で汚損するリスクより、ずっと低いんじゃないかなってこと。印刷所から出版社(の、倉庫)、出版社から取次、取次から書店に輸送される過程で、人の手を経ている以上、うっかりぶつけてしまったり、落としてしまう事はよくありますし、普通に陳列していても本にはホコリがかぶるし汚れます。

 

    本を汚すなんてとんでもないとお思いかも知れませんが、本が物体で、それを扱っているのが人間である以上、一定の汚損は避けられないのです。

 

返品出来るから売れなくても書店側に痛手はないのか?

    もし、本当にそうなら、書店ほどイージーな商売はないわけですが……。

 

    書店を維持していくには、人件費家賃光熱費その他の経費がかかりますので、仮に入荷した本を全部返品出来てお金がまるまる返って来たとしても、損益は膨れ上がるだけです。

 

    カフェの客引きと考えているにしても、書籍の選書をしたり、新刊の情報を集めたり、非常に煩雑な返品の手続きをしたり、新刊を取り扱うためにかかる諸々の手間は馬鹿にならず、その分の人件費がかかることになります。 

 

    そもそも、本なんか売らなくてもいい、客引きになればいい、と考えている人間が品揃えした本棚が、集客効果のある棚に成りうるかと言うと疑問です。評判の良いブックカフェは、店主自身に本に関する見識があったり、外部からプロを招いて品揃えしている事がほとんどだと思います。

 

本は集客アイテムに過ぎないのか?

    うーん、もっと集客力のある商材が、いくらでもある気がするんですよ。猫とかインスタとか(よくわかってない)なんかそういうの。 猫嫌いが猫カフェをやるとは思えない様に、本でお客様を呼びたい!って方は、やはり多少なりとも本が好きなんだと思いますよ。

 

    私の知っている範囲だと、逆のケースが多いです。本を扱う商売をしたいけれど、書籍の利益率はあまりに低い(だいたい3割くらい)ので、比較的利益率が高い飲食と組み合わせてなんとか採算をとろうと試みている、というお店。

 

     確かに最近はブックカフェが増えてますが、一方で新刊の書店は減り続けていて、個人の開業となると1軒開業する度に業界騒然というレベルの少なさ。

    個人開業の書店が成り立つ構造がちゃんとあれば、ブックカフェだけが目立つ状況にはならなかったと思いますよ。

 

ブックカフェは不健全か?

    本以外の商材で採算を取ることが不健全だとしたら、じゃあ、何が書籍販売の健全なあり方なんだろうって、考え込んでしまいました……

 

    例えば、良書を的確に品揃えするだけで、地域の人のニーズに応えるだけで、出版社や著者に利益を還元したいという志だけで、本屋を維持運営できるのなら、誰だってそうしたい。だけど、書籍の販売量は20年以上減り続けていて、さらにその少ないパイにAmazonという巨人がくい込んでいます。電子コミックの売上は印刷されたコミックのそれを超えましたし、 近い将来、紙に印刷された本を読む人間は、少数派になるかもしれない。

 

     最近の本屋はイベントにばかり熱心だとか、ホームページばかりかっこいいとか、オシャンティなカフェに本の何がわかるんだとか、専門書売りの泥臭い本屋だった私は、ついつい言いたくなっちゃうんだけど

    ……書籍の販売だけで書店を維持出来ない現状がある以上、店側がなんとか採算を立てよう、利益率を上げようって様々な手を打つのは当たり前の事ですし、そうまでして本を扱いたいって志は、大切にしたいんです。

    「こんなやり方はけしからん」とか、「こんなやり方は不健全」て、表面だけ見てジャッジするのは、ただでさえ貧しい書籍販売の現場をさらに貧しくしてしまうんじゃないかな?

 

    珈琲のついでに手にした本や、ケーキの美味しいカフェで手にした本、それが素晴らしい出会いになって1人の本好きが誕生するかもしれない。

    カフェのオマケで書籍の販売を始めた店が、閉塞感を打破するようなアイデアを生み出すかもしれない。

 

   今はそれを信じて、見守る段階なんだと思っています。

 

【本日の5冊】

 

 

本の逆襲 (ideaink 〈アイデアインク〉)

本の逆襲 (ideaink 〈アイデアインク〉)

 

 

 

まっ直ぐに本を売る―ラディカルな出版「直取引」の方法

まっ直ぐに本を売る―ラディカルな出版「直取引」の方法

 

 

 

希望の書店論

希望の書店論

 

 

 

本好きさんのための 東京 コーヒーのお店

本好きさんのための 東京 コーヒーのお店

 

 

 

本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録

本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録

 

 

 

    

 

    

 

読書スランプ中

    このブログは、一応読書ブログなのですが……本が読めない……。

 

    この2週間ほど精神的に絶不調なうえ、本屋活動だのむかで屋活動だのに(おや?お仕事は?)リソースをさかれて、なかなか本が読めません。

 

    いまは、宝田明さんの「銀幕に愛をこめて」と池内紀さんの「あだ名の人生」を併読しているのですが、数ページ読みすすめるだけで頭が活字で詰まって苦しくなります。どっちも面白い本なのに……。

 

    こういう時に、頑張って本を読み進めても咀嚼できないので、あまり無理せず、今の不調が過ぎるのを待つしかありません。

 

    昔は、こういう状態になったら、山田風太郎の「人間臨終図鑑」を延々と読み続けて凌いだものです。なんか、情報がごろっと投げ出してあるもの、その情報があんまり役に立たないもの、ネガティブな内容のものだと、不思議に受け付けるんですよ、他の活字はダメでも。

 

    最近は、スマホがあるからネットしちゃう……数年前、不調のどん底に半年ほど囚われていた時は、Wikipediaでひたすら死刑関係の記事を読んでいました。おかげで、ニュースを聞くだけでおおよその量刑が予想できるという、無意味な能力がついてしまった。私は死刑廃止論者なのに……

 

    臨終図鑑にしろ、死刑にしろ、不調のただ中では、「こんな身にならない情報集めてる場合じゃない」と焦っていたものですが、そうやってインプットした情報が、あとでじわじわ効いてくることもあるから、人生わからないです。まあ、あくまで「効いてくること」があるだけで、「役に立ったこと」は皆無ですけどね。

 

   【本日の5冊】

 

 

人間臨終図巻1<新装版> (徳間文庫)

人間臨終図巻1<新装版> (徳間文庫)

 

 

 

 

死刑執行人サンソン ―国王ルイ十六世の首を刎ねた男 (集英社新書)

死刑執行人サンソン ―国王ルイ十六世の首を刎ねた男 (集英社新書)

 

 

 

 

 

眺めたり触ったり

眺めたり触ったり

 

 

 

本は読めないものだから心配するな〈新装版〉

本は読めないものだから心配するな〈新装版〉

 

 

 

プールイさんの歌声が好き、そして、今の江古田が好き

    実は、BiSというアイドルのファンです。

    そのBiSから、プールイカミヤサキ脱退からの、でも、残りメンバー頑張った!からの、突然の増員&分裂からの、ももらんど脱退!からの、プールイがBILLIE IDLE®加入!という、まあ、読んでくれてる方は全く分からんのを承知で書いてますが、とにかく私は翻弄されているのです。

    若い女の子(プールイさんは27歳だけど)を翻弄してその様を楽しむという、残酷ショー的な1面が日本のアイドルカルチャーには抜きがたくあり、それを露悪的に(やや、批評的に)突き詰めているのがBiS、そこから1歩引いたところに身を置いているというか半ば隠居しているのがBILLIE IDLE®なので、プールイさんはいい所に落ち着いたと思うんですけどね。

    あと、彼女の歌声がまた聴けるのはやっぱり嬉しい。これから、BILLIE IDLE®の曲を聴き込んで予習したいと思います。(こうして、人はBiS沼にはまるのである)

IDOL / BiS 新生アイドル研究会 - YouTube

IDOL

IDOL

  • BiS
  • ロック
  • ¥250
 

 

 

    夕方からは、大学時代の先輩+同級生と江古田徘徊。

最近の江古田トピックと言えば、ランドマーク的存在だった居酒屋「お志ど里」が突然閉店してしまった事。

TwitterFacebookで、元江古田民の嘆きが数多く聞かれたわけですが、現役の江古田民のひとりとしては、敢えて言いたい!嘆くな!まだ、江古田は生きているぞ!

    確かに、我々が大学生だった時代とは、だいぶ変わってしまったし、昔あった個人商店がチェーン店に置き換わる事には味気無さも感じますが、それでも、世代交代に成功したり、店主さんの頑張りで残っているお店は数多くありますし、若い人たちが新たにお店を始めてなんとか踏ん張ってくれてます。

    と、言う訳で本日の飲み会は、店舗建て替えにつき仮店舗で元気に営業中の「鳥忠」と、新鋭のワインバー「vibo daily stand」!「鳥忠」では、「江古田にお金を落として下さい!」と力説してきました。自分自身が、あんまりそれが出来てないことへの反省も込めて。

    でも、ホント、江古田の活気をつくるのは、江古田に縁のあるみなさんだと思うので、お志ど里のあと地(何ひとつ変わって無い)を確認するためだけにでもいらして下さい。そして、北口商店街のオイルライフをよろしく(ステマ)。

   

    いつ行っても、ナイターを流している気がする鳥忠では、松坂大輔先発の巨人対中日が放送されており、(松坂はすでに降板してましたが)なんというか、松坂大輔だって昔の松坂大輔とは違うけど、今の松坂大輔として投げ続けているのです。アイドルだって町だってそう、姿や身の置き所を変えて生き続けている。簡単に「終わった」ってラベルを貼らず、今の姿を愛し続けよう、改めてそう思いました。

 

せっかくなので、江古田の飲食店で20世紀から現役な店をいくつか。

下戸なので喫茶店多め。

ぶな

ぐるなびぶな

カフェ ドトレボン

ぐるなびカフェ ドトレボン

かぐら

ぐるなびかぐら

鳥忠

ぐるなび鳥忠

 

 

   【本日の5冊】

 

 

 

 

職業としての地下アイドル (朝日新書)

職業としての地下アイドル (朝日新書)

 

 

 

50代からのアイドル入門

50代からのアイドル入門

 

 

 

 

 

 

松坂世代 (河出文庫)

松坂世代 (河出文庫)

 

 

 

蒲生邸事件 (文春文庫)

蒲生邸事件 (文春文庫)