貧困は必ずしも善人の顔はしていない 是枝裕和と成瀬巳喜男

   ひとり暮らしでカツカツの生活をしていた頃、深夜に再放送されているドキュメンタリー番組を観て、とてつもなくやりきれない気持ちになった。

    「しかし…」というそのドキュメンタリーを私は後半しか観ていないので、詳しい経緯はわからないが、水商売の世界で生きてきた女性が病を得て生活保護を受給しようとするが、水際作戦にあって辞退を強いられ、追い詰められた末に焼身自殺をえらぶ。

    私がそのドキュメンタリーを観た時期は、まだ日本に貧困は「ない」と言い切れる人間が多数派な時期で、貧困なのも職にありつけないのも、「自己責任」という風潮。でも、画面の中の女性が歩んだ人生は、明らかに「自己責任」では片付けられないものだった。

    人は、こんなにも簡単に貧困に陥るのか、国家はこんなにも簡単に貧者を切り捨てるのか……やりきれない気持ちを、なかなか言語化できず、深夜の六畳一間で悶絶したのを覚えている。

 

    なぜ、そのドキュメンタリーが再放送されていたかと言うと、後に劇映画に転じた監督、是枝裕和の作品が、カンヌ国際映画祭で高評価を受け、主演の少年が男優賞を受賞したから。

    すごいのは、「しかし…」が撮られたのが、バブルまっただ中の1991年だってこと。日本中が浮かれていたであろう時代に、見えなくされていた貧困を抉り出す是枝は、ものすごい眼力の持ち主だと思う。

 

   そんな、是枝裕和万引き家族」という映画が、カンヌ国際映画祭パルム・ドールを獲得!したのに、「日本の恥を世界に晒すのか!」「万引きという犯罪を犯す貧者など、描くべきじゃない」と、一部で非難轟々だとか。

   そうか、その「一部」の人にとって、貧困てのは、未だに見えなくするべき日本の恥なのか……と思うと、ため息しか出ない。

    万引きは確かに軽視すべきではない犯罪だけど、高齢や障碍を負った受刑者の大半が窃盗(恐らくかなりの割合万引き)で服役している事から分かる通り、社会の貧困をダイレクトに映し出す犯罪でもある。

    貧困だからって、みんなが犯罪に走るわけではないというのは事実だけど、社会から切り捨てられ、見えなくされた状態で、一定数犯罪に走る人間が出てきたとしても、果たして本人の心がけだけの問題と言えるのかどうか?

 

    貧者は必ずしも善人の顔はしていない、でも、私たちのイメージ通りの「美しい貧困」から外れた存在だからって、簡単に切り捨てて見えないふりをするのは、多少なりとも「持っている」側の人間としては、あってはならない態度なのでは無いだろうか?

 

    そんな事をぐるぐる考えながら入った名画座で、成瀬巳喜男の「はたらく一家」を観て、さすがヤルセナキオこと成瀬、むちゃくちゃ考え込んでやるせない気持ちになってしまった。

 

    まさしく、「善良な貧者」の話で、7人も子供のいる家庭の長男が、少しでもいい職につくため学業を続けたいと望むも……という物語。

    家族の内にも外にも、憎むべき悪役は一人もおらず、みな懸命に働き家族を支え、しかし、自分の人生を生きるにはあまりにも貧しい。

   戦前の映画だから仕方ないんだけど、貧困がまるで自然災害の様に描かれていて、ちょっと引っ掛かりを感じてしまう。「貧困」を描こうとすると観念的になってしまう黒澤明にくらべると、地べたの人達の実感がしみじみと活写されていて、ホント心が暖かくなるけど、心が暖まっておしまいにしちゃって良いのか、躊躇ってしまうな。

 

    そんななか、息子の将来を決める選択にもあまり関心をもたず(持てる余裕などなく)、ひたすら今日明日の米の心配をしている母親と、一家の貧困に心を痛めつつも何も出来ないインテリ男のキャラクターがリアル。

   成瀬巳喜男って、決して美しい日本だけを描いてきた人じゃないし、結構「黒い」作家だと思うんだけど、この2人の造形には黒成瀬が覗いてますな。

 

   たまたま是枝裕和について考えながら観ていたからこんな感想だけど、映画自体の魅力はこんな野暮な感想を突き抜けるものがあると思います。

    兄弟の1人が植字工(私の大先輩!)なんだけど、その仕事風景が活写されてて、歴史的にも貴重な作品だと思いました。

    その他にも、甘酒と汁古とコーヒの店とか、戦争ごっことか、母親がしてる袋貼りの内職とか、全てが愛おしい!登場人物達が喋る東京弁?もきれい(除︰チョイ役で出てくる藤田進)で、真似したくなります。

 

【本日の5冊】

 

戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)

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貧困の現場から社会を変える (POSSE叢書)

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話術 (新潮文庫)

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成瀬巳喜男 映画の面影 (新潮選書)

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